栃木県立博物館で鎌倉街道をたどる企画展を開催
古来より東北地方の玄関口として役割を担ってきた下野国。
中世には鎌倉街道「奥大道(おくのたいどう)」が、下野国を縦断するように東北へ伸びていました。
2019年4月27日(土)~6月16日(日)の間、栃木県立博物館ではこの鎌倉街道「奥大道」で発掘された品々を展示し、当時の人々の暮らしを紹介する企画展「下野の鎌倉街道-道を行き交う人と物―」を開催しています。
今回はこの企画展に実際にライターが訪れ、見どころをレポートします♪
鎌倉街道についてこれは知っておこう!
そもそも鎌倉街道とは、中世武士の都である鎌倉から、周辺各地へと放射状に広がった幹線道路の総称。
源頼朝は、1189年に岩手県の平泉を拠点としていた奥州藤原氏との戦いに出陣した際、鎌倉から下野国を経由して東北地方へ攻め込んだといわれています。
この戦いのときに源頼朝が進軍した道が鎌倉街道「奥大道」です。
鎌倉幕府を開いた源頼朝が、なんと栃木県に来ていたなんて驚きですよね~!
この事実は、「吾妻鏡」という史書にしっかりと記載されています。
また、宇都宮二荒山神社の縁起及び古人の伝説を描き上げた「宇都宮二荒山神社祭礼図絵」には、源頼朝が宇都宮二荒山神社に立ち寄った場面が描かれています。
いずれの古文書も今回の企画展で展示されているので、じっくり見ておきましょう!
中世の人々の生活や文化がここで分かる!
今回の企画展では、展示品から当時の人々の生活や文化を学ぶことができます!
ぜひ見てほしい展示品をピックアップ♪
まずはこちらの漆製品。食事を盛る器の蓋である「漆絵食籠蓋」です。
よく見ると藤や桜などのさまざまな技法の絵が描かれています。
これは、鎌倉で見つかる漆器に施されている文様と技法のほとんどが使われている、とても珍しい器なんです!
絶対見てほしいのが、この烏帽子。どうして貴重だと思いますか?
この烏帽子は平泉で発掘された立烏帽子です。
立烏帽子とは、京都の貴族も着用した身分の高い人物のみ被ることができるもの。
平泉で身分の高い人物といえば…一帯を治めていた奥州藤原氏?
もしかすると、藤原氏が被っていた烏帽子かもしれませんね!
令和元年の初夏のおでかけに中世の日本をたどってみませんか?
あの歴史的人物とつながるような、貴重な資料が展示されている企画展「下野の鎌倉街道-道を行き交う人と物-」。
新しい時代・令和を迎えた今、中世の文化に触れてみませんか?
下野の鎌倉街道-道を行き交う人と物-
2019年4月27日(土)~6月16日(日) 9:30~17:00(入館は16:30まで)
宇都宮市睦町2-2(栃木県立博物館)
028-634-1311
月曜休館
公式HPはこちら
※情報はすべて取材当時のものです。価格・メニューなどは変更されている場合があります。
詳細はお店のウェブサイトでご確認ください。
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